福岡地方裁判所 昭和61年(行ウ)3号 判決 1988年3月15日
福岡県大川市大字津一〇番地の四
原告
石川尚義
右訴訟代理人弁護士
永尾廣久
同
中野和信
福岡県大川市大字榎津三二五-一
被告
大川税務署長
迫田英典
右指定代理人
金子順一
同
末廣成文
同
高木功
同
佐藤治彦
同
石橋一男
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五八年一月二〇日付けでした原告の昭和五五年分所得税の更正処分について、納付すべき税額のうち三二二万円を超える一二四一万三〇六八円の限度で、及び重加算税三八三万四〇〇〇円の賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案の答弁
主文同旨
2 本案の答弁
原告の請求を棄却する。
主文二項同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告に対し、昭和五五年分の確定申告書に総所得金額を五七一万五〇〇〇円(その内訳は不動産所得の金額九六万円、給与所得の金額四七五万五〇〇〇円)、分離短期譲渡所得の金額を三〇万六八〇二円、及び納付すべき税額を三二万七七〇〇円と記載して申告し、昭和五七年一二月二二日に、総所得金額を五七一万五〇〇〇円、の分離短期譲渡所得の金額を七一二万〇〇一六円、及び納付すべき税額を三〇五万三三〇〇円として、修正申告書を提出したところ、被告は、同月二七日付で過少申告加算税の額を一三万六二〇〇円とする賦課決定処分をし、さらに翌五八年一月二〇日付で総所得金額を五七一万五〇〇〇円、分離短期譲渡所得の金額を四〇七八円四八九四円、及び納付すべき税額を二三二六万六八〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)、及び重加算税の額を六〇六万三九〇〇円とする賦課決定処分(以下「本件賦課処分」という。)をなした。
2 審査請求の前置
原告は、これを不服として、昭和五八年二月五日、異議申立てをしたが、異議審理庁は、同年一二月一日付でこれを棄却した。そこで、原告は、福岡国税不服審判所長に対して、同年一二月二三日審査請求したところ、翌五九年一二月一四日付で、被告の処分を一部取消し、その余は棄却する旨の決定がなされた。
3 本件更正処分の違法
しかし、本件更正処分は次に述べる理由により違法である。
(一) 原告が、昭和五五年中に譲渡した福岡県柳川市大字蟹町四五番地四の土地五八四・一六平方メートル(以下「本件土地」という。)の分離短期譲渡所得の金額について、取得価額を誤つて算定している。
(二)(1) 本件土地は、原告が、昭和四七年二月二七日、宗教法人妙経寺(以下「妙経寺」という。)から、公簿面積である一五五〇平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた価額二三四八万円で譲り受けた土地(以下「蟹町の土地」という。)の一部である。
(2) ところが、原告が、本件土地(実測面積は前記のとおり五八四・一六平方メートル)を訴外出光興産株式会社に譲渡したところ、蟹町の土地から本件土地を除外した残りの土地の実測面積は、約九九平方メートルに過ぎないことが判明した。
(3) 従つて、本件土地の取得価額は、蟹町の土地の公簿面積一五五〇平方メートルから譲渡後の残地面積九九平方メートルを控除した面積一四五一平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた額である二一九五万円である。
(三) しかるに、被告は、本件土地の取得価額を本件土地の実測面積五八四・一六平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた額八八五万〇九〇九円とした。
(四) 本件土地の取得価額は二一九五万円であり、訴外出光興産に売り渡した本件土地の代金額は三〇〇〇万円であるから、課税対象となる原告の得た利益は、八〇五万円となる。右利益額に分離短期譲渡所得の税率四〇パーセントを乗じると、原告の納付すべき税額は三二二万円となる。
ところが、被告は、本件土地の取得費を八八五万〇九〇九円としたため、原告に対する税額を一五六三万三〇六八円と算定した。
(五) そこで、被告のした更正処分は、納付すべき税額三二二万円を超える部分一二四一万三〇六八円の限度で取り消されるべきである。
4 本件賦課処分の違法
被告は、原告が真実でない売買契約書に基づいて分離短期譲渡所得の金額を計算し、確定申告書を提出したことを理由として、重加算税三八三万四〇〇〇円の賦課決定処分をしたが、被告の本件更正決定が前記のとおり取消しを免れないものである以上、右重加算税の賦課決定処分も取り消されるべきである。
5 原裁決の違法
(一) 国税不服審判所長の裁決書には、原告の審査請求に対する応答に欠ける部分が存する。
(1) 裁決書の主文には「原処分の一部を別紙のとおり取り消す。」とのみあり、その余の申立については結果の記載がない。
(2) 裁決書の理由中には、原告の主張にかかる取得費の額を基礎とした場合に取り消されるべき税額が明示されていない。
(二) 右のことは、審査請求についての審査が適正になされたものか、疑惑の念を強く抱かせるものである。
よつて、原告は請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告の本案前の主張
本件訴えは、法定の出訴期間を遵守せずに提起されたものであるから、却下を免れない。
1 国税不服審判所長は、本件各課税処分(異議決定を経た後のもの)に対する原告の審査請求(国税通則法)について、昭和五九年一二月一四日付で原処分の一部を取り消す裁決(以下「本件裁決」という。)をなし、本件裁決謄本は、配達証明付郵便で、昭和五九年一二月二四日、原告に送達された。
よつて、原告は右同日に本件裁決があつたことを知つたことになる。
2 しかして、国税通則法一一四条、行政事件訴訟法一四条一項によれば、処分の取消しの訴えは、裁決(国税通則法一一五条)があつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならない。
3 ところが、本件訴えは、原告が裁決があったことを知つた日である昭和五九年一二月二四日から(行政事件訴訟法一四条四項)三か月を経過する日である昭和六〇年三月二三日までに(行政事件訴訟法一四条四項)提起されなければならないところ、右の出訴期間を大幅に徒過した昭和六一年二月一日になされた。
4 従つて、本件訴えは、訴訟要件のうち出訴期間を遵守していない、不適法なものである。
三 被告の本案前の主張に対する原告の反論
1 原告は、裁決の日から三か月を経過する前の昭和六〇年二月二二日に、福岡国税局藤吉廣美係官(以下「藤吉係官」という。)から「いつでも裁判はできる。とりあえず支払うように。」との誤つた教示を受けていた。そして、右昭和六〇年三月二八日に、福岡国税局長宛に「未納付所得支払計算書」と題する念書(甲第二号証)の提出を求められ、その際藤吉係官から「支払いながでも、文句があれば裁判は出来るのだから。」となだめられた。原告は、いつたんは右藤吉係官の言に従い、右支払計算書に基いて税金を支払つたが、本件各課税に納得がいかず、本訴を提起した。
2 本件訴訟は出訴期間を徒過していない。
行政事件訴訟法一四条一項、三項に定める期間制限については、教示がなかつた場合と異なり、誤つた教示が為された場合には、その誤つた教示が訂正されたか、または客観的に訂正されたとみなしうる状態に置かれたときに初めて進行するものと解すべきである。
3(一) 行政事件訴訟法一四条三項には「正当な理由」があれば、裁決の日から一年以上経過しても出訴できると規定されているが、本件において前記係官の言動によつて、所得税納付中いつでも異議申立ができると信じた原告には本訴提起の「正当な理由」がある。
(二) 本件のように、担当係官から誤つた教示を受けた場合に、出訴期間の徒過を主張することは、クリーンハンドの法理に反し許されない。
四 被告の反論
1 行政事件訴訟法一四条三項は、同条一項によれば出訴期間が徒過していない場合であつても、処分又は裁決の日から一年を経過したときはもはや出訴訟を許さないとする趣旨であるから、同条一項の適用がある場合には、同条三項の適用はなく、したがつて同項但書の「正当な理由」の適用もない。
2 藤吉係官が、原告に対し、誤つた教示をしたことはない。
五 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3について
(一) (一)は争う。
(二) (二)については、本件土地は、実測面積が五八四・一六平方メートルであること、及び原告が宗教法人妙経寺から三・三平方メートル当たり五万円で取得した土地の一部であることは認め、その余は否認する。
(三) (三)は認める。
(四) (四)及び(五)については、否認ないしは争う。
3 同4は争う。
4 同5は、裁決書(甲第一号証)の記載は、原告が主張するとおりであるが、被告が裁決をしたものではないから、その余については認否しない。
第三証拠
本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおり
理由
一 まず、被告の本案前の主張について検討する。
1 いずれも成立に争いのない甲第一号証の二及び乙第一号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、国税不服審判所長は、本件各課税処分に対する原告の審査請求について、昭和五九年一二月一四日付で本件裁決をなし、本件裁決謄本は、昭和五九年一二月二四日に原告に送達され、原告は、同日本件裁決があつたことを知つた。との事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
そして、本件訴訟が右期日から三か月の出訴期間(行政事件訴訟法一四条一項)を徒過した後の昭和六一年二月一日に提起されたことは、本件記録に徹し明らかである。
2(一) 原告は、本件訴訟の提起が遅れたのは、昭和六〇年二月二二日及び同年三月二八日に、藤吉係官から、「いつでも裁判はできる。」との誤つた教示を受け、これを信じていたためであるから、行政事件訴訟法一四条一項、三項の出訴期間の進行はなく、また、同条三項所定の「正当の理由」があるので、本件訴訟は出訴期間を徒過していないし、被告が出訴期間の徒過を主張すること、クリーンハンドの法理に反し許されない旨主張する。
(二) 原告の右主張は、いずれも藤吉係官が昭和六〇年二月二二日に「いつでも裁判できる。」と誤つた教示をしたとの事実を前提とするものであるから(昭和六〇年三月二八日は、原告が本件裁決があつたことを知つた日から三か月を経過している。)、まず、この点について検討する。
原告は、本人尋問中には、原告が昭和六〇年二月二二日、藤吉係官と面談した際、藤吉係官から、「いつでも裁判できる。」との教示を受けたとの供述がある。
しかしながら、他方証人藤吉廣美は、その証言中において、「原告が『裁判はいつでもできるのか』とおつしやつたから、私もよく知らないし、あいまいに、『いつでもできるんではないでしようか』と、いうような回答をしたわけですけれども、すぐ、原告が『いつでもできるのか。』と確認的に聞かれるので、私も『いやそのことについては良く知りません。』そしたら原告いわく『お前知らんのか、まあいい。』ということで一応、裁判の問題は打ち切りになつた。」「出訴期間という制限があることは知らなかつた。」等証言しているのであつて、右証言に照らすと、原告の前記供述部分はにわかに採用しがたく、他に、藤吉係官が原告に対し、「いつでも裁判できる。」と誤つた教示をしたと認めるに足りる証拠はない。
3 右判示のとおり、藤吉係官から誤つた教示を受けたとの事実が認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の出訴期間についての主張は採用できない。
二 従つて、本件訴えは、出訴期間を徒過したものであるから、訴訟要件を欠く不適当ものとして、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中貞和 裁判官 大谷辰雄 裁判官 河東宗文)